星の子は飛ぶ。高く遠くに。飛揚しているとき、私たちは自由だ。
この記事では、skyで飛ぶ良さはなぜあるかを考えてみます。
皆さんはskyで飛んでいますか?敢えて徒歩で移動するとか、飛ぶのが苦手だからフレンドに引いてもらうとか、そういった理由を除けばほとんどの皆さんはなんらかの理由で飛んでいるかと思います。皆さんが飛ぶ理由はなんでしょう。おそらく、キャンマラをするからだとか、景色を眺めに行きたいからだとか、そういった理由が多いのではないでしょうか。「移動手段としての飛行」とでも言いましょうか。飛ぶことが楽しいからという面もありましょうが、飽くまで手段として飛んでる星の子が多いと考えています。もちろん、皆さん飛んで遊ぶことが楽しいからskyをしているのでしょうけどね。
他方で「目的としての飛行」をする星の子もいます。有志の企画に参加したり、タイムアタックをしたり、軌跡で何かを描いてみたり。こういった星の子は目的としての飛行をしています。キャンドルに余裕があるのにキャンマラをしている人は、目的としての飛行をしているのかもしれません。そう考えると、手段や目的の線引きは案外曖昧なこともあります。
目的としての飛行をする星の子たちの目的とは、上手に飛ぶことでしょう。その上手さには、速く・美しく・正確に飛びたいという要素があると思います。これらの要素がそれぞれ独立した目標であれることが、skyの良さと言えましょう。他のゲームでは、単にタイムが速いことや、対人で勝利できることが上手さということが大半です。しかし、skyの上手さは定量的である必要はありません。必ずしもタイムを出せなくても良いし、対人戦で順位をつけなくても良い。自分の理想とする上手さを追求して、比較されることなく技術を磨く道があるのです。
目的としての飛行にはどんな形があるでしょうか。決められたコースを飛んでタイムを競う「skyairrace」、試練や峡谷レースのような一定区間の速さを競う「RTA(リアルタイムアタック)」、曲芸飛行で魅せる「星の子ブルーインパルス」、足を着けずに飛びながら火種を取ったり小さな穴をくぐったりする「チャレンジ」などなど。思い浮かぶ限りでも多岐に渡ります。カテゴライズされてない飛び方も多くあることでしょう。「上手に飛んでいる星の子」と一括りに言っても、飛び方によって求められる技術は大なり小なり異なるものです。一見すると同じようにタイムを競っていますが「RTAはするけどskyairraceには参加しない」ってのは、そんな理由もあるのだと思います。
この飛び方の幅広さこそが、skyの良さでしょう。他のゲームではどうしても、しばしば他者との比較をされます。ただ、skyにおいてはその限りではない。絶対評価も相対評価も存在しない上手な飛び方があるからこそ、上手に飛ぶことが自己同一性へと昇華されると言えます。もちろん、タイムを競えば数字で評価が下されます。ですが、自由なskyの風土が根付いているからこそ、タイムが振るわなくてもコミュニティが過程に目を向けて讃えてくれると感じています。競技性はあるけど、争いじゃない。子どもたちが腕比べをして遊ぶようなものだと考えています。
skyで高く飛び上がる「飛揚」には、星の子それぞれが自由な飛び方を模索し必ずしも評価をされることはないからこそ、良さがあると思います。この良さは、sky独特の自由な風土があるからこそではないでしょうか。