投稿日:2023/02/02
引越日:2026/08/02
2022年12月のツイートを元に加筆修正
https://twitter.com/sky_hiwadaaoi/status/1604347852158914561?s=46&t=TofwSg8qf5PDH1agVneAHA
後篇はこちら
Exhale Inhale

この曲はこれから始まる王国史の導入なので、王国というよりSky世界の理のようなものを表しているのではないかなと考えています。
植物、鳥、マンタ、精霊。あらゆる命は光を持つことがこの1曲で語られている。
特に最初の、小さな光が寄り集まって大きくなり、更に光が寄り集まってフレアを放つ大きな光の玉になる、という演出は繰り返されるので、これがこの世界において重要な流れであることが示されていると思います。
光が宿ると花が咲き、抜けると枯れる。
鳥も光が宿ると輝いて、抜けると闇花が咲く。
マンタは光が抜けると黒ずんで固まり、そして闇花が生える。
光と闇は共に在ることは出来ないけれど切っても切り離せない存在であること、光は光として様々な命と共通であること、が語られているのかなと思います。
植物から動物、そしてヒトへ。ヒトも光が抜けると黒ずむ(闇化する?)。精霊に囲まれる星の子は、精霊寄りの存在ということなのか、それとも精霊の「次の生き物」(植物→鳥→マンタ→精霊→星の子)ということなのか。
個人的には後者で考えています。
私の世界から奪わないで、と光は雲の上を鳥たちと行く。空は暗い。

このシーンはおそらく後のThe Seedに繋がるのではないかなと思っています。本来であれば精霊の次にも光は繋がれるはずだったのに、光は光のまま鳥たちと彷徨っているように見えます。
Runaway

魚となって集まり、海を脱して蝶へ、山へ向かって鳥となるのですが、この流れは1曲目のExhale Inhaleの前半を踏襲して光の巡りを表してるものだと考えられますし、道中の精霊たちも行く先を同じくしているこの時はまだ同じ巡りの中にいたのだと考えます。
序盤はExhale Inhaleと同じく、小さな光が寄り集まって大きな光となる、を繰り返します。Runawayでは更に星の子ではない魚たちがわっと増える演出も加わっていて、光が強くなる、増えるとともに生物も増えているということを表していると考えられます。

星の子たちではない魚が増えるのと、蝶のときは水面をジャンプする小マンタも見られる。いろんな生き物になって、他の生き物ともそこに居て、「大勢のうちのひとつである」ことがより感じられやすくなっているのかなと思います。
このあたりの「みんな一緒に」感はコンサートとして一体感を盛り上げる演出でもあるのですが、目指すべき場所が同じであるという安心感や大勢集まることでの強大感があります。
考察的には生き物の本能として光に導かれ、あの場所を目指しているのだ、と考えることができるかなと。
それでいて精霊の文明の発展、技術の進化が、光が弾けるとともに現れるたくさんの舟、というたったひとつのシーンに収まっているという。演出の巧みさもさることながら、舟の技術に光が使われているという示唆も含まれてると思われます。


第1クエではすでに舟が存在すること、高台脇にテントがあることなどから、時系列としてはコンサート→クエストと見ています。
墓前に花を供えるので、クエスト時代も孤島はまだ草が生い茂っていたのでしょう。
クエスト、コンサート通して唯一出てくる孤島大精霊はキャンドル職人の壁画にある通り、シャキッとする前のおじいちゃんです。精霊もまだ正しくあの場所を目指していた時代なら力の源となる光がたくさんあってシャキッとしてても良いと思うのですが、謎が増えました…今後のアップデートに期待。
3曲目に行く前に語り忘れたのでちょっと戻りますが、「植物にも光がある」というのはかなり重要な表現だと思っています。

植物にも光があり、雲にも光があり、エリアによっては風にも光があるということは、おそらく土にも光があり、水にもあると思われます。キノコは土か木、生えてるところから光を吸い取って身のうちに貯めてるのではないかという前々からの自説が補強された気がして個人的には嬉しい。
闇花もキノコと同じだと思っていて、違いとしては表に放出はしないというか、光を闇で包んで貯め込んでいるだけなのではないかなーと。でもって光の生き物よりも極々少ない量の光で充分生きていけるだけであって、生きていくには光が必要なんじゃないかなと考えています。
All Is Soft Inside

クエストとほぼ同じ流れをクラゲ目線で、というかんじですが、エリアに水があることから時系列はコンサート→クエストと考えています。
光がぶち破ってくれる部分は、人為的なものなのかまでは少し怪しい造り。流れてきたもので詰まった(以前はもっと水かさがあった)とも考えられますし、灯篭があるからには人為的にクラゲたちを閉じ込めたとも考えられます。
時系列がコンサート→クエストだとして見ると、もしかするとクラゲに助けられた話は都市伝説のようにして伝わってはいて、採掘者さんは崩落事故時にそれを思い出してクラゲに助けを求めていた可能性もあるのでは…?と、これは考察というより妄想になりますが。
大量に生えてる結晶はクエストと同じもの、さらに言えば深淵の季節の精霊解放にて提督と案内人で採集していたのも同じものだと考えます。そして加工したのがいろんな装置に使われている八面体のやつかなと。

泣きエモ精霊さんの解放では結晶は出てきませんが、同じ雨林というエリアであることから、泣きエモさんたちが採掘していたものも同じ結晶なのではと考えています。
さっきの土にも光がある、という話に繋がるのですが、おそらくこの結晶も地中の光を貯め込む性質があるのではないかと思われます。だから装置として加工されたのではないかと。土や風よりも効率的なのか、増幅的なのか、加工のしやすさ故か…。
世界は優しいだけじゃない、と。
このシーン、原罪は見えませんが、上へ上へという軌道を鑑みるとおそらくクラゲも原罪のほうを目指しているのではないかと考えます。
大クラゲが出てくるのも原罪のその先を思い起こさせますし、原罪のほう、その先を、すべての光は目指すということなんでしょう。

Warrior

体が大きくなった分、群れとしても大きくなったように感じる(始まりを横並びにしてるのもそういう意図がありそう)。
精霊たちはマンタを結構な荒業で捕まえていたというなかなか衝撃的な曲となっていますが、捕まえ方も檻も、王国の他の技術からするとなんともお粗末に見えます。

第3クエストではレースの相棒として信頼関係が築けているように見えるので、幼体で捕えて飼育かと思ったら、小さいのはむしろ捕らえられていないように見えるシーンも(そして幼体マンタは成体マンタと同じ形なので、楽園や羽ばたくで増えた別の形のマンタは、別種ということでいいのかなと思います)
砲筒は取り外しが出来る…?それともわざわざ積み替えている…?という謎のある舟。
1匹だけの吊り下げは舟のバランスを取るのも難しそうですが難なく飛んでいるようなので、そこの技術はすごい。ますます、何故1匹ずつ投網式で?という謎が深まります。

マンタを捕えている檻も、簡単に壊れるもの。
飼育目的(レースにせよ環礁の施設にせよ生かしておかなければならない)だとすれば一時的な檻ではあると思うのですが、マンタの通り道にわざわざ置いてあるのも不思議な話です。

害獣だった可能性もあると思います。リアルと同じで狩猟シーズンが限定されていたり、狩猟目的(駆除のためとか)が無いと捕えてはいけなかったのだとしたら、お粗末な捕え方もわからなくはないです(大量捕獲の禁止ってやつ)
簡素な檻はマンタへの見せしめだったのかもなぁ、という可能性も。カラス避けに捕まえたカラスを使うことがあるんですよね、実際に。捕まったカラスが仲間に向けてここは危険だぞ!と伝えるのを期待するやり方です。ま、だとしてもマンタに効果は無かったっぽいですが。
光が強過ぎて見えないだけと思いたい原罪山の城。


2曲目のRunawayでは見えていて、なおかつWarriorはRunawayよりは後の時代だと考えられる(マンタ捕獲に舟を使ってますし)ので、無いことは無いと思います。
この曲では、ずっと私たちを導いてくれていた光の玉が見えないのですが、マンタになった私たちは迷いもなく原罪を目指しています。
また、原罪山の頂上のフレアがAURORAの歌声に合わせて、今まで導いてくれていた光と同じように鳴動します。
つまりWarriorでは光は先導するのではなくゴールから光の生き物たちを呼んでいるということで、原罪がゴール(もしくは必ず通らなければならない通過点)であるということは正しい光の循環だと思っていいのだと考えられます。
最後に雲の中から巨大魚が出てくることは、次は捨て地だという示唆かと思われます(通常エリアの演出を踏襲)

The Seed

クエストでは希望の君が精霊を助けに走り回っていましたが登場する精霊も生き物も少なく、何がどうなっているのかはよくわかりませんでしたが、登場者が増えたからといってわかるとは限らないということがわかりましたねー。
Exhale Inhaleの最後、光と共に鳥たちが暗い空を彷徨うのを星の子は遠くから眺めるだけでしたが、The Seedでは鳥となって光に導かれ、Runawayぶりに曲中で姿を変え、蝶となって戦場に降り立ちます。
導入部の場所が孤島から草原へ行くところ、Runawayの最後に似ているのは意図的だと思っていて、光の生き物たちからするとRunaway時代からThe Seed時代になるまではずっと同じ繰り返しをして、わりと平和(精霊たちからの迫害や捕獲があれど大きな群れ、流れとしては概ね平和)に過ごしていたという表現なのではないかなと思っています。

精霊たちの変化(発展)はその他の光の生き物たちにとっては些細なことに見えていたのかなぁ、と。そうすると彼らからすると、The Seedの時代に突然何事か大きな変化に巻き込まれて数を減らしていってしまった、のかなと。
Warriorであんなに大きな群れであったのに、The Seedではわりと序盤から群れを崩しにきています。光に誘われている時はまだ群れなのですが、渦の近くまで来ると動きの統率を敢えて乱れさせて固まりを分散させてきています。
分散させられているといっても同じ渦の中なので、まだ視界にはたくさん他の星の子が見え、孤独感は感じないようになっています。
曲前半の何が何だかわからないけれど何か良くないことが起きていることはわかる、というのは当時の光の生き物の「追体験」のための演出かと。
何が何だかわからない、という感情を付与することで群れが引きちぎれてきていることに意識を向けさせないようにしているのかなとも思います。
青い光とともに蝶として落とされたときも、おそらく大半の人がえっ何?となり、更に神殿前の光景にえっ?えっ??となっていて、既に独りであること(青い光が落ちていくほどに周りの蝶は消えていき、精霊たちのあたりでは自分1人になります)に初見で気付く人は少なそうだなーと。
とにかくThe Seedの曲調と視覚的な衝撃に意識を向けさせつつ、次曲への感情誘導を巧みに行っているなー!という印象(考察してない)
この青い光はなんぞや。

私は生き物を導いてくれていた光が欠けた、崩れ始めた(2番サビで光の玉からボロボロと光の粒が落ちていきます)そのかけら、シャードだと考えています。
AURORAの季節の前は砕ケル闇ノ季節です。砕ケル闇ノ季節で見せられたものが、ただ青いだけです。王国で青く表現されるものは「記憶」。コンサート中でもずっとずっと、記憶は青で表現されていました。青い光は動いて弾け当たり判定があるから「いま」のように感じるけれど、ここは記憶の中です。
個人的に、羽ばたく以降はすべてこのAURORAの季節へのレールだったと感じています。
羽ばたくでダイヤに頼らない生活を選んだ精霊がいたこと(それでも滅びは免れなかったこと)、深淵で資源と施設の存在を、表現者で共に成し遂げることと音楽を、砕ケル闇で滅びをもたらした形を。
すべて、AURORAの季節のクエストとコンサートに繋がります。
わざわざ雲の切れ間から堕ちてくる様を見せているのですから、同じ演出を持つものが該当すると考えます。なので、青い光はシャード。むしろ記憶を見ているのにシャードだけ赤くなるほうが不自然かと思います。

導いてくれていた光から堕ちるものがシャードだとすると、この光は原罪のピンクダイヤだということになります。
が、ピンクダイヤは精霊による人工物の可能性が高い(雨林大精霊の作るダイヤの大きなもの)と考えているので、自然物である導きの光と同じものだというのは考えづらいです。
砕ケル闇ノ季節で大きなピンクダイヤの中に小さなダイヤがあることが判明しました。その、中の小さなダイヤが、AURORAコンサート中に私たちを導いてくれていた光なのではないかな、と。

青い光は暗黒竜ではないか説(の考察は他の方に任せます)も有りだなとは思っています。
シャードと違ってまっすぐではなくうねるように落ちてきますし、雲の上から渦に巻かれて落ちる時に暗黒竜の咆哮のような音も聞こえますしね。
精霊は、何と戦っていたのか。何故戦っていたのか。

新武器も含めて、違う武器での死体が同じところに転がり、向かい合ってるものが同じ武器を持っていたり、違う武器を持っているのに無視していたり…精霊同士でも戦っていた(追慕の季節にて精霊同士の戦闘は確定しましたね!)とは思いますが…マンタを殺していたことだけが確実ですが、マンタを殺していた理由まではわかりません。
本当に、陣営はいったいどうなっていたのか。敵も味方も信じられるものは何も無く、疑いだけが渦巻いている。
光は最後、装置のあるところへ行きます。力尽きている中央の精霊は、開けたかったのか、開けさせたくなかったのか。

神殿ムービーでは果敢な姿を見せてくれた大精霊は何故この混沌の中に現れないのか。
大精霊については、砕ケル闇の最終クエストが答えなのだろうなとは、思いますが。
神殿前が激戦地なのは、その奥にある書庫、もしくは更に奥にある原罪へ向かうため、で良いと思います。何故、はわからない。迎え撃つ側が何を守らんとしているのかもわからない。
ただ、シャードが原罪から来るなら、原罪で何かが起こっていることは精霊たちも判っていただろうとは思います。
現れない大精霊への不満も募っていたかもしれない。双方に裏切り者も出たかもしれない。扉の向こう、戦場ではないところでも疑心暗鬼の風は吹き荒れてただろうなぁ。
とはいえこれは滅びの最後のひと押しであって、All Is Soft Insideの時から、精霊は光に導かれる生き物たちとすれ違ってましたからね。
だーいぶ前に、暗黒竜とカニとは、優しさの形が違うから恐ろしいものに見えてるだけなんじゃないかっていう話をしたのを覚えてる方はいるかな…たぶん精霊と光の生き物も、優しさの形が違ってしまったんじゃないかなと。
優しさとか、信頼とか、そういうものの示し方、接し方が、違うものになってしまった。
後篇へつづく